「正ちゃん」という屋号の背景には、日本の近代サブカルチャー史を揺るがした大きな物語が眠っています。年配の世代やカルチャー通の間で知られているのが、大正12年(1923年)に『アサヒグラフ』および『東京朝日新聞』で連載が開始された日本初のストーリー漫画『正ちゃんの冒険』(作:織田小星、画:樺島勝一)との関係性です。
『正ちゃんの冒険』の主人公である少年「正ちゃん」は、頭にてっぺんに毛糸のポンポン(ぼん天)がついた特徴的なニット帽をかぶっていました。このキャラクターが社会現象級のブームを巻き起こした結果、日本全国の子どもや若者の間でポンポン付きニット帽が大流行し、今日に至るまでその形状の帽子は「正ちゃん帽」という固有名称で呼ばれ続けています。
昭和26年(1951年)、戦後の混乱が色濃く残る浅草の地で創業した初代店主が、親しみやすく、誰もが笑顔になれる愛称として掲げたのがこの「正ちゃん」でした。大正のハイカラ文化と昭和の復興エネルギーが交錯する浅草において、「正ちゃん」という響きは単なる記号ではなく、当時の人々が共有していた「温かくモダンな大衆感覚」の象徴だったのです。提灯に灯る文字を眺めることは、近代日本の庶民が歩んできた100年の記憶に触れる行為そのものと言えます。