日本映画学校の伝説と今|なぜ映画の学び舎から超大物芸人が続出したのか

日本映画学校の伝説と今|なぜ映画の学び舎から超大物芸人が続出したのか

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「映画学校からなぜ一流のお笑い芸人が輩出されたのか」という疑問は、エンタメ界における長年の興味深いテーマです。その背景には、日本映画学校の「俳優科」に存在した独自の指導システムと時代環境が深く関係しています。

当時の俳優科では、単なるセリフの暗記や美男子・美女としての演技ではなく、即興劇(エチュード)やパントマイム、狂言、漫才やコントを取り入れた「状況判断と身体言語の極限トレーニング」が行われていました。自分自身の身体と感性だけを武器に観客の心を掴む訓練が日常的に繰り返されていたのです。

この環境下で出会ったのが、同期の内村光良と南原清隆でした。二人は授業の課題や発表会の中でコンビ「ウッチャンナンチャン」を結成し、同級生だった出川哲朗や入江雅人らとともに「劇団SHA・LA・LA」を旗揚げします。当時のインタビューや手記において出川哲朗は、「自分たちは役者志望だったが、ウッチャンナンチャンの舞台を手伝い、コントの面白さと狂気に引きずり込まれていった」と述懐しています。

その後、1990年代半ばに入学したバカリズム(升野英知)も俳優科の出身です。升野は入学当初から笑いの表現に対する鋭利な視点を持っており、映画学校特有の「人間を観察し、日常のズレを脚本化する訓練」をお笑いの構造へと昇華させました。吉本総合芸能学院(NSC)などの一般的なお笑い養成所が「ネタ見せと即戦力の養成」に特化していたのに対し、日本映画学校は「人間という生き物の滑稽さや哀愁をあぶり出す基礎訓練」を施していたからこそ、30年以上にわたり第一線で活躍し続ける独自の作家性を持ったスターが誕生したといえます。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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