東京都足立区の北東部に位置する竹ノ塚が「リトルマニラ」と呼ばれるようになった背景には、1980年代から2000年代初頭にかけての興行ビザ(タレントビザ)によるフィリピン人ダンサーや歌手の大量来日があります。当時、東武伊勢崎線(現・東武スカイツリーライン)沿線は都心に比べて家賃が手頃であり、竹ノ塚駅東口周辺にキャストの寮や関連施設が集中したことで、国内最大級のエスニック歓楽街が形成されました。
当時の様子について、竹ノ塚で30年以上営業を続ける飲食店店主は次のように証言します。「毎晩19時を過ぎると、東口の通りは日本人客とフィリピン人女性の熱気で足の踏み場もないほどでした。フィリピン専門のスーパーマーケットや送金カウンター、教会まで揃い、まさに一つの独立した異国都市のようでした」。最盛期の2000年前後には、路地裏を含めて50〜70店舗以上のフィリピンパブが密集していたと記録されています。
しかし、街の勢力図を根本から変える決定打となったのが、2005年の出入国管理及び難民認定法の改正です。米国国務省の「人身取引報告書」による指摘を受けた日本政府は、興行ビザの発給要件を大幅に厳格化。これにより、短期滞在の新規タレントが入国できなくなり、ステージショーを売りにしていた大型店舗は次々と経営難に追い込まれました。
さらに、2010年代以降の東武スカイツリーライン竹ノ塚駅周辺の連続立体交差事業(2022年の高架化完了)や駅前再開発、近年の景気変動が重なり、店舗数は大幅に整理されました。2026年最新フィリピンパブ営業状況を俯瞰すると、現在も看板を掲げる店舗は約15〜20店舗前後。日本に定住権や永住権を持つ在日フィリピン人女性がオーナーやチーママを務める、スナック感覚の小〜中規模店舗へと質的な転換を遂げています。