「神宮」の頂点である伊勢神宮と、「大社」の象徴である出雲大社。この2社が別格の存在感を放つ背景には、記紀神話に描かれた「天孫降臨」と「国譲り(くにゆずり)」という古代日本の国家統合劇が関係しています。
伊勢神宮は、皇室の祖先神である天照大御神を主祭神とし、国家の最高祭祀の場として位置づけられてきました。平安時代の法典『延喜式神名帳』において「神宮」と記されていたのは、伊勢神宮の内宮・外宮、鹿島神宮、香取神宮のわずか3社のみでした。現在でも伊勢神宮の正式名称は地名のつかない単なる「神宮」であり、日本の全神社の本宗(ほんそう)として格別の尊崇を受けています。
対する出雲大社は、国津神の長である大国主大神が天津神(高天原の神々)に日本の国土を譲る際、「我が住処として、皇孫の宮殿と同じように壮大な宮を造営してほしい」と要求した神話に由来します。国家統治権(顕世=現実社会の支配)を天照大御神の系譜に譲る代わり、大国主大神は「幽事(目に見えない霊的世界や縁結び)」の支配権を握り、天を突く壮大な社殿(古代の出雲大社本殿)が築かれました。政治の中心がヤマト王権へ移った後も、霊的秩序の最高権威として朝廷から丁重に祀られ続けた歴史が出雲大社の圧倒的な格式を支えています。