厩戸皇子と聖徳太子の違いとは?教科書表記の真相と最新研究を追う

厩戸皇子と聖徳太子の違いとは?教科書表記の真相と最新研究を追う

厩戸皇子と聖徳太子の違いとは?教科書表記の真相と最新研究を追うの真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でまとめました。

「聖徳太子はいなかった」という言説が一気に世間へ広まった契機は、1999年に歴史学者・大山誠一氏が発表した『「聖徳太子」の誕生』にあります。この研究は、歴史学界のみならず一般社会にも巨大な衝撃を与えました。

大山氏の論旨は極めてラディカルなものでした。「飛鳥時代に斑鳩宮に住んでいた有力な王族・厩戸王は存在したものの、推古天皇の摂政として十七条憲法を制定し、冠位十二階を定め、遣隋使を送った万能の天才政治家『聖徳太子』像は、奈良時代に藤原不比等や長屋王、僧・行信らが律令国家の権威付けと仏教受容の象徴として捏造した架空の英雄にすぎない」という主張です。

この「非実在説」はセンセーショナルに報道され、一部のメディアでは「聖徳太子は完全に嘘だった」と極端に解釈されました。しかし、その後の四半世紀にわたる徹底的な史料批判と考古学的検証により、現在では以下のようなバランスの取れた定説へと収斂しています。

すなわち、「斑鳩を拠点に実在した政治的リーダーとしての厩戸王(皇子)の存在は確実であるが、後世に盛られた超人的エピソード(10人の話を同時に聞き分けた、予言を残した等)や、単独で国家制度を完成させたという英雄伝説は切り離して評価すべき」という見解です。法隆寺金堂釈迦三尊像の光背銘や天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)の銘文など、飛鳥時代の一次史料の再検証からも、厩戸王が当時極めて特別な地位にあった実在の有力指導者であったことは揺るぎない事実とされています。

山田 真由
著者

山田 真由

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