御御三家の一角という特権的な地位にありながら、光圀は将軍家に対して絶えず独自の距離感を保ち続けた。幕府の中枢に対して容赦ない提言を行い、時には幕閣と鋭く対立することすら辞さなかった。この政治的姿勢こそが、彼を単なる地方の藩主に留めない巨大な存在へと押し上げた。
徳川光圀が率いた水戸藩は、「副将軍」という俗称が示す通り、江戸の防衛と幕政への牽制という二重の機能を果たしていた。権力の中枢に寄り添うだけでなく、常に批判的思考を持ち続けた彼の姿勢は、江戸社会の硬直化を防ぐ貴重な安全弁として機能していたと言える。