いま振り返ると、あのバス車内で行われていた実験の数々は、日本のテレビ放送業界が持っていた熱量と無鉄砲さの結晶だった。暴力性への配慮やコンプライアンスの厳格化に伴い、現代の地上波で同様の企画を実現することは極めて困難になりつつある。身体を張ったペナルティや、過激な精神的負荷をかける演出に対して向けられる世間の目は、当時とは比較にならないほど鋭い。
だが、失われたものを懐古するだけでは本質を見誤る。あの企画が支持されたのは、単なる悪ふざけではなく、過酷な状況下で露わになる人間の剥き出しの感情と、過剰なまでの制作熱量が画面越しに伝わってきたからだ。規制が強まる現代だからこそ、限界ギリギリを攻め抜いた当時の映像が放つ生々しいリアリティは、なおさら強烈な光を放っている。