デビュー初期から黄金期にかけて、所属事務所の研音とレコード会社のワーナーミュージック・ジャパンは、彼女のクリエイティビティを最大限に尊重した。当時のアイドル像といえば、作られたイメージを忠実に演じることが主流。しかし、中森明菜は違った。
メイクや衣装はもちろん、パーマの強さやサイドのニュアンスに至るまで、自らの感覚を鋭く反映させた。スタジオの照明を受けたときにどう毛先が舞うか。マイクを握る指先とサイドヘアのコントラストはどう見えるか。徹底的なこだわりが、時代のアイコンとしての地位を確固たるものにした。