「テレビで見なくなった芸人=貧困」という方程式は、この業界の構造を知らない者の妄想に過ぎない。ブームが去った後に待っていたのは、悲劇ではなく異次元のキャッシュフローだった。ある芸人はブレイク当時の最高月収を「数百万円」と語るが、本当に恐ろしいのはブームが去った後の「営業バブル」である。
象徴的な存在がダンディ坂野だ。所属するサンミュージックプロダクションの柔軟な売り出し方針もあり、彼は一発屋というポジションを極めて高い収益モデルへと昇華させた。テレビ出演が激減しても、年間数百本に及ぶ企業イベントや地方営業、そして途切れることのない地方CM契約。ブームピーク時の最高月収を遥かに上回る水準を、彼は何年間も維持し続けている。テレビのギャラは薄く、営業の報酬は厚い。地上波の第一線から身を引くことこそが、実は最大のビジネス戦略だったのだ。