騒動の発端は、2024年3月に元西播磨県民局長が関係各所へ配布した告発文書でした。文書内には、物品の受領いわゆる「おねだり」や厳しい叱責による「パワハラ」、人事権の恣意的な運用といった項目が並び、県庁内に激震が走りました。兵庫県当局は当初、内部調査を根拠に「核心的な部分が事実無根」として告発者を懲戒処分としましたが、この初動対応が「公益通報者保護法に抵触するのではないか」との激しい批判を招く結果となりました。
事態を重く見た兵庫県議会は、地方自治法第100条に基づく強い調査権を持つ調査特別委員会(百条委員会)の設置を決定。過熱する報道陣を前に連日開催された証人尋問では、机を叩いた叱責の事実や特産品の取り扱いをめぐる生々しいやり取りが公開され、全国放送の情報番組で繰り返し消費される事態に発展しました。
県民からの抗議電話が殺到し、県政の停滞を危惧した全会派は2024年9月19日、知事に対する不信任決議を全会一致で可決。斎藤氏は議会解散を選択せず、同月末をもって自動失職の道を選びました。当時、大手メディアの多くは「政治生命の完全な終焉」と受け止め、再選の可能性を極めて低く見積もっていたのが現場の実情でした。