言葉のルーツは平安時代初期に遡る。日本における天台宗の開祖であり、死後に伝教大師の諡号を贈られた最澄が著した『山家学生式』。その冒頭に記された「国の宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。故に古人言わく、径寸十枚、これ国宝に非ず、一隅を照らす、これ則ち国宝なり」という一節が原点だ。
最澄が拠点を置いた比叡山延暦寺は、単なる修行の場にとどまらず、国家を支える有為な人材を育てる総合教育機関としての役割を担っていた。ここで説かれた仏教哲学の真髄は、金銀財宝や目立つ権力を持つことではない。自らが置かれた持ち場でベストを尽くし、周囲に温かな光をもたらす存在こそが、社会にとって最もかけがえのない宝であるという人間観である。