SNSや動画プラットフォームにおいて、「劇的な小顔になれる魔法の手術」として爆発的な拡散を見せたのがバッカルファット除去です。しかし、日本美容外科学会(JSAPS)に所属するベテラン形成外科医への取材を進めると、この手術に対しては極めて慎重な意見が支配的であることが分かります。
最大の問題は、一般消費者の間で「頬の脂肪」が一括りにされ、「メーラーファット」と「バッカルファット」の解剖学的な違いが十分に理解されていない点にあります。
メーラーファットとは、頬骨の周辺からほうれい線の上部にかけて広がる「浅層の皮下脂肪」を指します。笑ったときにアンパンマンのようにぷっくりと盛り上がるのは、主にこのメーラーファットです。一方、バッカルファットは口元や頬の「深層(筋肉の奥)」に存在する脂肪塊であり、若い頃は高い位置に保持されていますが、加齢に伴って徐々に下垂し、口角の横にブルドッグのようなたるみを生み出す原因となります。
「笑ったときの顔の丸みを消したい」という動機で安易にバッカルファットを除去してしまうと、数年から十数年が経過した30代後半〜40代以降に悲劇が訪れます。日本人の骨格は欧米人に比べて中顔面(鼻から上あごにかけて)の骨の奥行きが平坦であるため、深部の脂肪クッションを過剰に失うと、頬の中央が病的に凹む「頬こけ」が発生し、実年齢よりも十歳以上老けて見えるケースが後を絶ちません。一度摘出した深部脂肪を元通りに戻すことは極めて困難であり、自己組織の脂肪注入などを繰り返す修正手術の泥沼に陥る危険性を孕んでいます。
臨床現場の医師が口を揃えるのは、「バッカルファット除去の真の適応がある人は、口の中に頬肉を頻繁に噛んでしまうほど脂肪体が多く、下膨れが顕著な一部の骨格タイプに限られる」という事実です。流行の言葉に安易に飛びつくのではなく、自分の輪郭を支える脂肪がどの層に位置しているのかを精密に見極める診断が不可欠となります。