「水分が足りないなら、単に体内の水が減っているだけではないのか」――そう考える一般読者は少なくありません。しかし、医学的な見地から見ると、脱水には明確なタイプが存在します。その中でも最も細胞への直接的ダメージが大きいとされるのが高張性脱水です。
人間の体液は、細胞膜を隔てて「細胞内液」と「細胞外液(血液や組織液)」の浸透圧が絶妙なバランス(約285〜295 mOsm/L)で保たれています。ところが、極度の発汗、水分摂取の中断、あるいは激しい利尿などが重なると、電解質(塩分など)よりも水分が優先して喪失します。その結果、細胞外液の水分が枯渇してナトリウム濃度が急上昇する高ナトリウム血症(血清ナトリウム値が145 mEq/L以上)を引き起こすのです。
恐ろしいのはここからです。物理の浸透圧の法則に従い、「濃度の薄い方から濃い方へ」水分が引っ張られます。細胞外液の浸透圧が異常に高まることで、細胞の中に蓄えられていた生命維持に必要な水分が、細胞膜を通過して外へと吸い出されてしまいます。これこそが細胞内脱水の危険性の本質です。
特に打撃を受けるのが脳の神経細胞です。脳細胞から水分が奪われて萎縮すると、頭蓋骨と脳を繋ぐ架橋静脈が引っ張られて破綻し、頭蓋内出血や痙攣、昏睡といった不可逆的な神経障害を引き起こします。自覚症状が乏しいまま水面下で脳細胞が干からびていく点に、この病態の真の恐ろしさがあります。