寛子さんの両親であるアントニオ猪木さんと倍賞美津子さんは、1971年11月に結婚しました。当時としては破格の「総額1億円結婚式」と報じられ、日本中の注目を浴びた世紀のカップルです。その3年後の1974年に誕生したのが、夫妻の唯一の実子である寛子さんでした。
少女時代の寛子さんは、母・倍賞美津子さんの美貌と表現力、父・猪木さんの恵まれた体躯を受け継ぎ、名作ミュージカル『アニー』の舞台オーディションに合格して子役として出演した華々しい経歴を持ちます。当時のテレビ特番や雑誌グラビアには、愛娘を囲んで満面の笑みを浮かべる猪木さんと倍賞さんの仲睦まじい画像が掲載され、日本中から羨望の眼差しを向けられました。
しかし、父・猪木さんが設立した新日本プロレスの経営危機、莫大な負債、さらには政治界進出や女性関係などが重なり、1987年に両親は離婚に至ります。寛子さんは母・倍賞美津子さんに引き取られ、多感な思春期を過ごしました。日本国内での過度な報道熱や好奇の目から逃れるため、寛子さんは早い段階で米国の学校へ留学し、グローバルな環境で自己を形成していったのです。