本作の説得力を決定づけているのが、日本を代表する実力派キャスト陣による繊細なアンサンブルです。とりわけ主演の松田龍平が体現した馬締光也像は、邦画史に残る名演として高く評価されています。感情表現が乏しく挙動不審でありながら、言葉への狂気的なまでの愛情と誠実さを宿した眼差しは、観る者を一瞬で引き込みます。
対するヒロイン・香具矢を演じた宮﨑あおいは、包丁を握り伝統の料理世界に生きる女性の凛とした佇まいと、馬締の不器用さを丸ごと受け止める包容力を見事に両立させました。二人が下宿の縁側で言葉を交わす静謐なシーンは、映画全体に心地よいリズムと情緒を与えています。
脇を固める布陣も完璧です。飄々としながらもチームのために自ら泥をかぶる西岡役のオダギリジョーは、本作で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。さらに、穏やかな笑みの中に辞書への凄まじい執念を宿す松本先生役の加藤剛、下宿の大家として温かく見守るタケ役の八千草薫など、昭和の名優たちが放つ重厚な存在感が作品の格調を一段と高めています。