当時、現場の練習グラウンド脇には自動体外式除細動器(AED)が常備されておらず、隣接するクラブハウス施設まで取りに走る必要があった。心室細動の発症から電気ショックが1分遅れるごとに、救命率は約7〜10%低下する。この痛恨のタイムロスは、日本サッカー協会(JFA)をはじめとする競技団体に巨大なパラダイムシフトを迫った。
「二度と同じ悲劇をピッチで繰り返してはならない」。松田の死を契機に、JFAは登録全クラブや育成組織、アマチュア大会に至るまでAEDの帯同と救命講習の受講を義務化。日本全国の学校やスポーツ施設、スタジアムへのAED設置が一気に加速した。彼の命と引き換えに浮き彫りとなった教訓は、その後の数多のアスリートや市民ランナーの命を救う防波堤となっている。