正月飾りはいつ外す?7日と15日の違いと正しい処分法【2026年最新】

正月飾りはいつ外す?7日と15日の違いと正しい処分法【2026年最新】

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正月飾りを飾っておく期間、すなわち年神様(歳神様)が自宅に滞在している期間を「松の内」と呼ぶ。全国一律と思われがちなこの期間だが、最大の謎はなぜ東日本を中心とする関東では1月7日、西日本を中心とする関西では1月15日と、8日間もの開きがあるのかという点だ。

歴史の記録を紐解くと、平安時代から室町・江戸初期に至るまで、日本全国で松の内は「1月15日の小正月」まで続くのが長年の伝統であった。この統一された暦を大きく揺るがしたのが、江戸時代前期の幕府による統制令である。歴史研究者や民俗学の資料によると、契機となったのは寛文2年(1662年)1月6日に江戸幕府が発布した「松下ろし」の触書であった。

当時、木造家屋が密集していた江戸の街は度重なる大火に見舞われていた。燃えやすい松や藁の正月飾りが町中に長期間放置されている状況は、防災上極めて危険視されていたのである。さらに決定打となったのが、幕府の権威そのものであった。慶安4年(1651年)4月に亡くなった三代将軍・徳川家光の命日が20日であったため、従来1月20日に行われていた「鏡開き」が月命日と重なることを避けるべく、鏡開きの日程が1月11日へと繰り上げられたのである。

神様にお供えした鏡餅を開く儀礼が11日に前倒しされた結果、「神様が滞在している松の内(旧来の15日まで)の最中に、お供え物を割って食べるのは不敬にあたる」という矛盾が生じた。そこで幕府は、江戸市中および幕府の支配力が強く及ぶ関東周辺に対して、松の内そのものを1月7日に切り上げるよう命令を下した。これが現在まで続く関東の「7日ルール」の真相である。

一方、上方文化の誇りを持ち、幕府の直接的なお膝元から離れていた京都や大阪を中心とする関西圏では、幕府の号令に盲従することなく、古来の「1月15日(小正月)までを松の内とする」慣習を頑なに継承し続けた。現代の通信インフラや全国均一の流通網が発達した2026年においても、この約360年前の政治的・地理的境界線がそのまま生活習慣の差として色濃く残されている。

森 瞳
著者

森 瞳

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