女子バレーボールのトップレベルにおいて、ネットの高さは2メートル24センチ。相手ブロッカーやアタッカーが190cmを超える国際舞台で、身長159cmの竹下佳江がコートに君臨し続けた事実は、世界のスポーツ史上でも特筆すべき偉業です。
その歩みは決して平坦ではありませんでした。2000年シドニー五輪世界最終予選で日本女子が五輪出場権を逃した際、司令塔だった竹下には激しいバッシングが集中し、一度はバレーボールから完全に離れる挫折を経験しています。しかし、復帰後は相手ブロックを1歩遅らせるピンポイントの高速トス、小柄さを武器にした超低空レシーブ、そして強靭なフィジカルを極限まで磨き上げました。2010年世界選手権(世界バレー)では日本を32年ぶりの銅メダルに導き、大会MVPを獲得しています。
集大成となったのが、キャプテンとして挑んだ2012年のロンドン五輪です。大会初戦で左手人差し指を骨折(剥離骨折)するという絶体絶命のアクシデントに見舞われながらも、周囲には一切悟らせず、痛み止めを打ちながら全試合でトスを上げ続けました。3位決定戦で宿敵・韓国を破り、日本女子バレー28年ぶりとなる銅メダルを死闘の末にもぎ取った瞬間、彼女が見せた涙は日本中を揺さぶりました。
ロンドン五輪後の2013年、竹下は正式に現役引退を発表しました。引退の決断に至った直接的な動機は、左手の骨折を含めて満身創痍であった身体の限界と、「ロンドン五輪のメダル獲得で、バレーボール選手として果たすべき宿命をすべて終えた」という澄み切った充実感でした。