バルセロナやマルタ島、ボローニャなど海外を転々とし、国際的な絵本コンクールで入賞を果たすなど華々しいキャリアを築いていたジミー大西でしたが、2015年頃に突如として画家の引退を宣言しました。バラエティ番組では「絵の値段を時給に換算したら数百円にしかならず、アルバイトをした方がマシだと気づいた」という笑い話として語られることが多いエピソードですが、その深層には芸術家特有の深刻な精神的葛藤が潜んでいました。
画商やクライアントからの注文が殺到するにつれ、創作は「自由な魂の発露」から「納期と仕様に追われる労働」へと変質していきました。関係者の証言によると、当時は「赤を使ってほしい」「こういう構図にしてほしい」といった商業的なリクエストに縛られ、キャンバスの前に座っても絵の具の色が一切浮かばなくなる重度のスランプに陥っていたといいます。
「お金のために絵を描くようになったら、描く線が死んでしまう」——当時の苦悩を吐露したジミー大西を救ったのは、他ならぬ明石家さんまの言葉でした。「描くのが苦しいんやったら、スパッとやめてまえ」。この一言によって重圧から解放された彼は、筆を完全に折り、一切の創作活動から身を引く決断を下したのです。