デスゾーンに横たわる遺体の多くは身元不明のまま風景の一部と化していますが、登山史に深く刻まれ、長年ルート上のランドマーク(目印)として知られてきた象徴的な遺体が存在します。
その筆頭が「グリーンブーツ(Green Boots)」です。北稜ルートの標高8,500m付近、石灰岩の張り出した洞窟(通称:グリーンブーツ・ケーブ)に横たわっていたこの遺体は、1996年の猛吹雪で遭難死したインドの登山家ツワング・パルジョール氏(当時28歳)と推定されています。彼が履いていた鮮やかな黄緑色のコフラック社製登山ブーツがあまりにも目立っていたため、後続の登山者たちは「あのブーツが見えたら山頂まであと数時間」と、皮肉にも登山ルートの目印(ウェイポイント)として利用するようになりました。
もう一つの悲劇が「眠れる森の美女(Sleeping Beauty)」と呼ばれたフランシス・アルセンティエフ氏です。1998年、彼女はアメリカ人女性として初めて無酸素でのエベレスト登頂に成功したものの、下山途中に力尽き、標高8,600m付近で孤立しました。後続の登山隊が彼女を発見した際、まだ息があり「お願い、私を置いていかないで」と懇願されたといいます。しかし、救助を試みれば自らも酸素切れで全滅する極限状態のなか、登山者たちは苦渋の決断として彼女を残して立ち去るしかありませんでした。
彼女は数年間、仰向けのまま穏やかな表情で氷雪に埋もれていたことからその名で呼ばれましたが、2007年、かつて彼女を見捨てざるを得なかった登山家イアン・ウッダル氏らが再訪し、遺体を人目につかない谷底へと丁重に移送・埋葬(クレバスへの安置)しました。登山コミュニティにおける自責の念と敬意が、長い年月を経てひとつの救済を生んだ事例といえます。