本作の最大の衝撃は、物語の黒幕や犯人を追うミステリーの構図が、最後の最後で根底から覆る点にあります。読者が「誰が広沢を殺したのか」「誰が告発文を送った犯人なのか」を追う中、暴かれた死の真相はあまりにも残酷な善意のすれ違いでした。
事故当夜、雪道へ車を走らせる広沢を気遣った深瀬は、保温ボトルに熱いコーヒーを淹れて手渡していました。少しでも体を温めてもらおうと、深瀬が自宅から持参していた特製ハチミツをたっぷり溶かして入れたのです。しかし、そのハチミツこそが、深瀬の地元名産品である「蕎麦蜂蜜(そばはちみつ)」でした。
広沢には、重度の蕎麦アレルギーがありました。広沢は他人に気を使わせまいとアレルギー体質を隠しており、カレーの隠し味に入っていた蕎麦粉にも過敏に反応していたという伏線が作中で提示されています。深瀬の淹れたコーヒーを口にした広沢は、運転中に激しいアナフィラキシーショック(呼吸困難や意識混濁)を発症。吹雪の視界不良と相まってハンドル操作を誤り、崖下へと転落してしまったのです。
小説のラストシーンで、ハチミツの瓶に書かれた「蕎麦」の文字を目にした深瀬は、自分が最も大切に思っていた親友を自らの手で間接的に死に追いやっていたという事実に直面します。「人殺し」は他ならぬ自分自身だったという戦慄の結末とともに、物語は唐突に幕を下ろします。