日本中の注目を集めてスタートしたふたりの新婚生活でしたが、2009年4月に第一子となる長女・美蘭(みら)ちゃんが誕生した後、結婚生活は急速に暗雲が立ち込めます。そして2010年10月、一部スポーツ紙による別居報道を機に、結婚からわずか2年で離婚協議に入っていることが公表されました。
なぜ、あれほど熱烈に惹かれ合って結ばれたふたりが、これほど短期間で破局を迎えてしまったのか。当時の関係者証言や本人のインタビューから浮き彫りになった決定的な離婚理由は、主に以下の3点に集約されます。
- 異国での孤立と産後育児の過酷さ:日本語がまだ完全には不自由だったリアにとって、文化や習慣が異なる日本での初めての出産・育児は想像以上の重圧でした。母国アメリカの家族と離れ、頼れる身内が周囲にいない環境が精神的な孤立を生みました。
- 昼夜逆転するスタイリスト業とのすれ違い:売れっ子スタイリストである元旦那・Bun氏は、早朝ロケから深夜の衣装集め・返却作業まで多忙を極めていました。生活リズムが完全にすれ違い、夫婦で向き合う対話の時間が物理的に激減していきました。
- 家庭観・子育て方針をめぐる文化的な価値観のギャップ:アメリカ出身で自立心を重んじるリアと、多忙な日本の職人肌クリエイターであったBun氏との間で、「理想の家族像」に対する認識のズレが次第に修復不可能な溝へと拡大しました。
離婚協議において焦点となった娘の親権はリア・ディゾンが持つことで合意。養育費や財産分与に関しても法的な取り決めが交わされ、慰謝料などの泥沼トラブルに発展することなく、2010年12月に正式な離婚届が受理されました。リアはその後、娘とともに母国アメリカへ生活拠点を移す決断を下します。