私鉄経営のモデルケースとして、阪急電鉄の創始者である小林一三の存在を抜きにして五島を語ることはできない。田園都市構想をベースに、沿線に住宅地を拓き、百貨店やレジャー施設を設けて乗客を創出する。この手法に強い感銘を受けた五島は、それを関東の荒野へと大胆に移植した。
しかし、二人のアプローチには明確な違いがあった。小林が宝塚歌劇団に代表される文化的な洗練と生活スタイルの提案を重視したのに対し、五島は学校誘致や大学キャンパスの移転など、息の長い教育インフラの敷設を軸に据えた。鉄道事業を単なる移動手段ではなく、沿線住民の人生そのものを支えるプラットフォームへと昇華させる——この現実主義的な都市設計思想こそ、五島が小林から学び、そして独自の進化を遂げた到達点だった。