「棹を差す」という言葉自体の由来は、古くから日本の水上交通で使われてきた操船技術にあります。浅瀬や岸辺近くで、水底に長い竹竿を突いて舟を前進させる動作そのものを指していました。
中国の古典詩や日本の伝統的な和歌・俳諧においても、舟と棹は「時代の趨勢」や「浮世の流転」を表す代表的なメタファーとして用いられてきました。漢学や英文学に極めて深い素養を持っていた夏目漱石は、この伝統的な操船のイメージを人間の内面心理と社会関係の力学へ鮮やかに転用したのです。
感情という目に見えない激流に自ら棹を入れ、勢いをつけた挙句に転覆してしまう人間の危うさを、わずか数文字の日本語で表現しきった表現力の高さには脱帽せざるを得ません。