梅宮辰夫さんが頑として交際を認めなかった背景には、単なる親の過干渉や感情論ではなく、極めて現実的な危機感がありました。羽賀研二さんは当時、沖縄のリゾート開発や高級宝飾ビジネス、不動産投資などに手を広げており、バブル崩壊の余波も手伝って推定数億円規模の借金を抱えていたのです。
取材関係者の証言や当時の報道資料によると、羽賀研二さんは資金繰りに窮するなかで、梅宮アンナさんに対して金銭的な協力を求めていました。前述の写真集『ウォーターフルーツ』で得られた多額の印税も、実質的に羽賀研二さんの借金返済の一部に充てられたと伝えられています。さらに事態を悪化させたのが、アンナさんを借金の連帯保証人に仕立て上げようとした動きでした。辰夫さんは芸能界の裏も表も知り尽くした大物俳優として、娘が取り返しのつかない経済的破滅に巻き込まれることを本能的に察知していたのです。
ふたりの関係に終止符が打たれたのは1999年でした。決定打となったのは、羽賀研二さんの度重なる女性問題と、依然として解決しない不透明な金銭使途にアンナさん自身が限界を迎えたことでした。テレビカメラの前で幾度となく「誠意を見せる」と繰り返しながら、実際には嘘を塗り重ねていた元カレに対し、アンナさんは「すべてに疲れ果てた」と吐露しました。涙と怒りに震えながら行われた破局会見は、愛憎劇の痛々しい幕引きとして日本中に中継されました。