「ざるそば=海苔が乗った蕎麦」というイメージが定着したのは明治時代以降のことです。明治期に入り、他店との差別化や高級感をさらに強調するため、浅草海苔(刻み海苔)をトッピングする店が現れました。しかし、本来の職人文化における核心は「ざるそばともりそばのつゆの違い」にありました。
伝統的な江戸前蕎麦の名店では、今でも以下のように明確につゆを作り分けています。
もりそばに使われるつゆは「辛汁(からじる)」と呼ばれます。醤油と砂糖を加熱して熟成させた「本返し」に出汁を合わせた、キリッとした醤油の香りと塩味が際立つ仕立てです。
対するざるそばには、専用の「御前汁(ごぜんじる)」が用意されていました。最高級の本醸造みりんを贅沢に使用し、さらに一番出汁を濃密に抽出して合わせることで、濃厚なコクと上品な甘み、強いとろみを持たせています。
竹ざるで水気がしっかり切れた蕎麦には、濃厚な御前汁がよく絡みます。器だけでなく、調味料の原価と仕込みの手間をかけることで、ざるそばは「格上の蕎麦」としての価値を担保していたのです。