物語の根幹である吉野みちと陽一の夫婦関係は、最終的に協議離婚の成立という重い結断に至ります。結婚5年目、レス期間2年。周囲から見れば「仲の良い穏やかな夫婦」でありながら、みちの心は夜を迎えるたびに削り取られていました。
みちが離婚を決意した直接の引き金は、陽一がカフェの同僚・三島結衣花と犯した一夜の過ちそのものだけではありません。本質的な吉野みちと陽一の離婚理由は、レスという現象を通じて浮き彫りになった「対等な対話の拒否」と「女性としての尊厳の蹂躙」にあります。みちは勇気を振り絞って何度も話し合いを求め、傷つきながらもスキンシップを試みましたが、陽一はその都度、眠気に逃げるか、適当な言い訳で背中を向け続けました。
一方で、読者の間で激しい議論を呼んだのが陽一の本音です。陽一は決して妻を嫌っていたわけでも、愛していなかったわけでもありません。自著やインタビューで原作者のハルノ晴氏が示唆してきた通り、陽一にとって家庭は「外の世界のプレッシャーから逃げ込める絶対的なシェルター」でした。しかし、みちから求められる性的なアプローチは、陽一にとって「男としての義務と責任」を迫るノルマへと変質してしまい、激しい心理的拒絶感(回避反応)を生んでいたのです。
陽一は後に自らの過ちを認め、必死にみちを引き留めようとします。しかし、一度粉々に砕け散ったみちの自己肯定感は、付け焼き刃の努力では戻りませんでした。「陽ちゃんが好き。でも、陽ちゃんと一緒にいると、自分が嫌いになる」――みちが涙ながらに告げたこの決定打は、夫婦という共同体が持つ最も残酷な矛盾を突きつけています。