かつて京都の造り酒屋は、洛中から鴨川水系沿いにかけて数多く点在していました。しかし、昭和中期以降の急速な都市開発や河川改修、さらには消費者の日本酒離れという時代の荒波が押し寄せます。松井酒造も例外ではなく、仕込み水の水脈変化や設備の老朽化、周辺の住宅街化が重なり、昭和後期に自所での仕込みを一時休止。長きにわたり委託醸造や瓶詰め作業を中心とする雌伏の時代を余儀なくされました。
状況が一変したのは、2000年代後半のことです。15代当主である松井成樹氏(現・代表兼杜氏)が家業へ戻った際、心に期していたのは「自分たちの土地で湧く水を使い、自らの手で納得のいく酒を醸したい」という強い情念でした。蔵元の回想録や当時のインタビューでも、「京都の街中で酒を造るなど無謀だ」「周囲の騒音や排水の問題はどうするのか」と業界内外から猛烈な反対を受けた生々しい葛藤が明かされています。
その逆境を打ち破った最大の要因は、徹底した現場科学に基づく「超精密・小仕込みシステム」の構築でした。まず、鴨川東岸の敷地内を地中深くボーリング再掘削し、極めて水質が良好な軟水の清冽な伏流水を再び掘り当てることに成功。さらに、巨大な醸造設備を必要とする従来の酒造りを見直し、小型の冷蔵発酵タンクと精密な空調管理システムをコンパクトな敷地内に高密度で配置しました。
これにより、外気温に左右されずに年間を通じて高品質な醸造が可能な「マイクロブリューワリー」としての環境を確立。2009年(平成21年)、実に約半世紀ぶりとなる鴨川べりでの自社醸造再開を果たしたのです。伝統的な杜氏集団に依存する旧来の手法ではなく、蔵元自らが科学的データと研ぎ澄まされた五感を融合させて醸す独自のスタイルは、まさに都市型地酒の新たな地平を切り拓く嚆矢となりました。