田中角栄の懐刀・早坂茂三の生涯|電撃解任の真相と不滅の人間学

田中角栄の懐刀・早坂茂三の生涯|電撃解任の真相と不滅の人間学

田中角栄の懐刀・早坂茂三の生涯|電撃解任の真相と不滅の人間学に関する主要なデータを分かりやすく解説いたします。

ネット上の言説や一部の政治解説において、「早坂茂三は田中角栄を見捨てて竹下派に寝返った裏切り者ではないか」という誤解が散見されます。しかし、一次資料や当時の派閥関係者の証言を丹念に洗い直すと、この見方は事実無根であることが明白になります。

早坂は竹下登の「創政会」結成に断固として反対の立場を取っていました。角栄が脳梗塞で倒れた際も、最後まで「田中事務所」の看板を守り、田中派の分裂を防ごうと奔走していました。彼が事務所を去ったのは、自ら主君を見限ったからではなく、田中眞紀子氏を中心とする親族側からの強硬な排除要請によって職を解かれた結果です。

また、「評論家転身後に角栄の秘密を売って私利私欲を得た」という批判も的外れです。早坂の著書『オヤジの知恵』や『田中角栄の人間学』を精読すれば明らかなように、彼は角栄の金権政治的側面を厳しく批判しつつも、「田中角栄という稀有なリーダーの人間的魅力と行動哲学」を後世に正しく残すためにペンを執り続けました。裏切りどころか、誰よりも角栄を深く理解し、愛し抜いた参謀の矜持がそこにあります。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。