石破政権誕生の背景には、自民党が直面した過去最大の政治不信と、党内構造の地殻変動が存在します。長年続いてきた派閥主導の政治が「政治資金パーティー問題」によって崩壊し、従来の派閥力学が通用しなくなった局面で行われた総裁選挙が直接の契機となりました。
過去4回(2008年、2012年、2018年、2020年)にわたり総裁選に挑み敗れてきた石破氏は、2024年秋の総裁選を「最後の戦い」と位置づけ出馬。決選投票において高市早苗氏との激戦を制し、第28代自民党総裁に選出されました。永田町の数合わせではなく、「次の選挙で勝てる顔」「野党に厳しい追及をさせない清潔感」を求めた議員心理が、長年"非主流"に置かれてきた石破氏を押し上げる結果となったのです。
就任後、石破首相は間髪を容れずに「国民の信を問う」として衆議院解散に踏み切りました。野党側の準備が整う前に信を問う狙いがあったものの、選挙結果は与党の過半数割れという厳しい審判となりました。しかし、首班指名選挙を経て第103代総理大臣に再選出され、現在は国民民主党や日本維新の会といった野党との「政策協議型」の政権運営という、日本の現代政治史上でも極めて珍しい統治スタイルをとっています。