映画ファンにとって『エメラルドの森』(原題:The Emerald Forest、1985年公開、ジョン・ブアマン監督)は、文明と自然の対立を鮮烈に描いた記念碑的作品として記憶されています。まずはその骨太なあらすじを整理しておきましょう。
アマゾン奥地で巨大ダム建設を指揮するアメリカ人技師ビル・マークカムは、ある日、現場に同伴していた7歳の息子トミーを先住民族「インビジブル・ピープル(目に見えない民)」に連れ去られてしまいます。父ビルは10年もの歳月をかけてジャングルを捜索し続けます。やがて逞しい青年に成長した息子トミーと再会を果たしますが、トミーは部族の文化や自然の調和を受け入れ、自らの意志で部族の一員として生きる道を選んでいました。折しも外の世界からは開発の暴力と森林伐採の魔の手が迫り、父と息子は異なる立場から運命的な決断を迫られます。
公開当時、本作は「実話に基づく物語」として世界中に大きな衝撃を与えました。しかし、その「実話の真相」を丹念に取材検証すると、報道と映画の間に興味深い乖離が見えてきます。
映画の着想源とされたのは、ロサンゼルス・タイムズの記者レナード・グリーンウッドが1972年に報じたペルー人少年の失踪事件でした。しかし、映画制作陣の手記や当時の特番インタビューによると、監督のジョン・ブアマンは単一の事件を忠実に再現したわけではありません。複数の未接触部族への取材記録、森林破壊の実態、さらにはアマゾン流域で実際に起きた先住民族との接触事故を巧みに織り交ぜた「創作的ドキュメンタリーフィクション」として昇華させていたのです。
「息子の奪還劇」という個人的なドラマを軸にしつつも、ブアマン監督が真に訴えたかったのは、無秩序なダム建設によって年間数万平方キロメートルもの熱帯雨林が消失していく現場の悲鳴でした。事実を土台にしつつ、文明批評としての寓話を構築した点こそが、公開から40年以上が経過した今も色褪せない理由と言えます。