Q1:三行半を突きつけられたら、女性は何も言い返せなかったのですか?
A1:いいえ、実態は異なります。三行半は夫からの一方的な追放状ではなく、妻側の合意や実家との協議が整った上で発行される「正式な離婚許可証」でした。金銭の清算や持参金の返還が完了しない限り、女性側が受け取りを拒否して訴訟を起こすことも可能でした。
Q2:江戸時代の庶民女性は、経済的に夫へ依存していたのでしょうか?
A2:大半の庶民女性は共働きで、強い経済力を持っていました。長屋暮らしの町人層では、内職や商売、職人仕事で家計の半分近くを女性が稼ぎ出すことも珍しくなく、経済的な自立が家庭内での発言権や離婚・再婚の自由を支えていました。
Q3:大奥に仕えた女性は、一生涯外に出ることはできなかったのですか?
A3:身分や役職によって異なります。「お目見え以下」と呼ばれる下級女中は数年で宿下がり(里帰り)や退職が可能で、大奥での洗練されたマナーや教養を身につけた「箔付け」として人気がありました。最高幹部クラスは生涯仕えることが基本でしたが、実家への強い影響力を持つエリートキャリアとして君臨していました。
Q4:江戸時代の女性が一人で旅行することは可能だったのですか?
A4:関所を通るための「女手形」を取得すれば、女性の一人旅やグループ旅行は可能でした。伊勢参りや金刀比羅参り、善光寺参りなど、信仰を名目とした観光旅行は大ブームとなり、多くの女性たちが旅日記を残しています。