尼神インターの突然の解散発表時、ネット上や芸能メディアでは「深刻な不仲による破局」という言説が飛び交いました。バラエティ番組で見せていた小気味よい罵倒劇が、いつしか現実の軋轢へと転化したのではないかという見方です。しかし、関係者への取材や当時の二人の言動を精査すると、浮き彫りになるのは単なる感情のもつれとは異なる、「芸人としての美学の決定的な分岐点」でした。
相方の誠子さんは、自著の出版や料理、ライフスタイル発信を通じて「自分を愛し、心地よく生きる女性像」へと活動の軸足を大きくシフトさせていきました。吉本興業を退所した理由も、劇場の出番や旧来のバラエティの枠組みに縛られず、自由な表現者として活動したいという強い意志によるものです。一方で渚さんは、泥臭い舞台やお笑いバラエティの現場を何よりも愛し、芸人としてのアイデンティティを吉本興業の看板とともに貫くことを選びました。
コンビ結成から16年が経過し、40代を手前にして訪れた「人生の優先順位のズレ」。互いの人間性を全否定したわけではなく、相方として同じ船に乗り続けることが互いの可能性を狭めてしまうという冷徹な判断こそが、解散の引き金だったといえます。公の場で語られた言葉の端々からも、互いの生き方を尊重した上での「前向きな決別」であった空気感が色濃くにじみ出ています。