この特異な教育システムの源流を辿ると、創業者である小林一三の存在に行き着く。阪急電鉄の沿線開発の一環として、家族連れが楽しめる健全な娯楽を提供するために創設された少女歌劇が、現代に続く宝塚歌劇の原点である。小林は、良妻賢母の素養と洗練された表現力を兼ね備えた女性の育成を目指し、学校組織としての厳格な規律を強く求めた。
西洋戯曲や日本舞踊を融合させた独自の舞台芸術は、鉄道事業の乗客誘致というビジネスモデルと深く結びつきながら発展していった。しかし、大正時代に構築された組織の骨格や軍隊調の上下関係が、時代が移り変わる中でも温存され続けたことが、現代の感覚との間に深刻な乖離を生む結果となった。