長年、厩戸皇子は「推古天皇の摂政として全権を握り、理想の政治を行った単独の指導者」として描かれてきました。しかし、実際の飛鳥時代の政治構造ははるかに複雑でリアリズムに満ちていました。
当時の政治は、日本初の女性君主である推古天皇、強大な軍事力・経済力と渡来系人脈を誇る大豪族の蘇我馬子、そして皇族の代表格である厩戸皇子による「三頭政治体制(合議制)」で運営されていました。
厩戸皇子は蘇我氏の血を引いており、馬子とは叔父・甥の関係にあたります。二人は仏教を受容して国際基準の国づくりを進めるというビジョンを共有しつつも、皇権の強化を目指す皇子と、豪族勢力の維持を図る馬子との間には絶妙な緊張感と駆け引きが存在しました。皇子は孤高の独裁者ではなく、豪族たちの利害を調整しながら改革を進めた極めて現実的な政治家だったのです。