「たかがパーツの呼び名」と軽視されがちですが、医療・介護施設や在宅現場では、名称の不理解や曖昧な指示伝達が原因となる事故(ヒヤリハット事案)が毎年多数報告されています。
消費者庁および独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の公表データによると、車椅子に関連する事故報告のうち、約半数以上が「ブレーキのかけ忘れ」「移乗時の転落」「段差昇降時の転倒」に起因しています。その背景には、構造に対する認識不足が色濃く影を落としています。
ある特別養護老人ホームに勤務する主任介護福祉士は、手記のなかで次のような現場のリアルを語っています。
「新人の介助者やご家族に『ティッピングレバーを踏んで前輪を持ち上げてください』と伝えても、レバーの位置が分からず、力任せにプッシュハンドルを下に押し下げようとして車椅子ごと後方へひっくり返りそうになるヒヤリハットが幾度となく発生しています。テコの支点となる部位の名称と物理的仕組みを知らないと、人の命を預かる介助は成り立ちません」
また、インターネット上の介護コミュニティや質問掲示板でも、切実な相談が散見されます。
- 「母を病院へ連れていく際、車椅子を止めたつもりだったのに動いてしまい、立ち上がり時に尻もちをつかせてしまった。ハンドルのブレーキを握っていたが、あれは駐車用ではなかったのか」
- 「車椅子を車に積もうとしたが、どこを持って持ち上げればフレームが歪まないのか分からず破損させてしまった」
これらの声が物語るのは、「介助ブレーキ(減速用)」と「駐車用ブレーキ(静止保持用)」の違いを理解していない危険性です。プッシュハンドルのレバーを握っただけでは完全にロックされず、利用者が立ち上がろうと前傾姿勢をとった瞬間に車体が後ろへ滑り、大腿骨骨折などの重篤な事故へとつながるのです。