Pl学園野球部と宗教の知られざる関係|名門衰退の真相と現在の姿

Pl学園野球部と宗教の知られざる関係|名門衰退の真相と現在の姿

Pl学園野球部と宗教の知られざる関係|名門衰退の真相と現在の姿に関する専門家の意見を丁寧に解説いたします。

高校野球ファンの間で今なお語り草となっているのが、選手たちが打席前やマウンド上で見せた独特の所作です。胸の前でバットを垂直に立て、静かに目を閉じて精神を集中させる姿は、相手校にとって冷徹な威圧感すら漂わせていました。この所作の根底にあったのが、学校の設置母体である新宗教「パーフェクトリバティー教団(通称:PL教団)」の信仰です。

大正時代に立教された「ひとのみち教団」を前身とし、1946年に佐伯徳仁(初代教祖)によって再興されたPL教団は、「人生は芸術である」という極めてユニークな処世信条(PL処世訓第1条)を掲げています。人間は神の表現体であり、自己の個性を最大限に発揮して真摯に生きることこそが最高の自己表現=芸術であるという教えです。野球をはじめとするスポーツ活動は、単なる課外活動ではなく、神への信仰と自己表現を一致させる神聖な実践の場と位置づけられていました。

学園の校舎敷地内や寮内には、教団の御神体である「大元霊(だいげんれい)」を祀る神前が設けられ、選手たちは起床時や就寝前、そして試合前後に「お祈り」を捧げることが日課となっていました。ユニフォームの胸に刻まれた校章や身につけるペンダントには教団の「神紋」があしらわれ、勝利を収めた際にも「勝敗は神の計らいであり、結果に一喜一憂せず誠を尽くしたプロセスを尊ぶ」という宗教的倫理観が叩き込まれていたのです。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。