視聴者に衝撃を与えた写真の正体は、彼女が20代から30代にかけて東京・銀座で高級クラブを切り盛りしていた、いわゆる細木数子の銀座ママ時代の肖像です。
昭和30年代後半から40年代、銀座の一等地に構えたクラブ「蘭」などのオーナーママとして、政財界の大物や芸能界の実力者を顧客に持っていた当時の彼女は、切れ長の涼やかな目元と通った鼻筋、凛とした和装の立ち姿が印象的な、非の打ちどころのない和風美人でした。当時を知るクラブ関係者や常連客の手記にも、「気風の良さと知性を兼ね備えた、息を呑むような看板ママだった」と記録されています。
テレビでお茶の間に定着していた細木数子氏のパブリックイメージは、恰幅の良い体型に豪華な毛皮や宝石を身にまとい、大物芸能人を一喝する「豪快な肝っ玉母さん」「恐れられる人生の指南役」でした。だからこそ、細木数子の若い頃が美人であったという客観的事実は、人々の認知的不協和を激しく揺さぶったのです。
自叙伝『波乱の半生』や初期の著作の口絵部分に数ページだけ掲載された若き日のグラビア、さらには後述する週刊誌の追及記事に掲載されたスナップ写真がネット上に転載されるたび、「昭和の銀幕スターのようだ」「加工なしでこの美しさは本物」と絶賛され、それが巡り巡って「幻の写真集」という幻想を生み出す原動力となりました。