一時は全国の学校で9割以上の採用率を誇ったブルマだが、その爆発的な普及と劇的な消滅には、報道の表舞台には出にくかった複雑な背景が存在する。
普及の決定打となったのは、管理教育の徹底と大量生産による低価格化だ。学校側にとっては生徒の一体感を醸成しやすく、メーカーにとっても規格統一による生産効率の最大化が図れた。しかし昭和末期から平成初期にかけて、状況は一変する。
盗撮被害の増加や、使用済み体操服の売買といった治安上の問題が社会問題化。生徒自身からの精神的苦痛を訴える声や保護者からの非難が相次ぎ、学校現場は対応を余儀なくされた。決定的な要因となったのは、生徒の尊厳や人権に対する意識の高まりである。指導効率を優先した一律の服装指定は限界を迎え、1990年代半ばからハーフパンツへの移行が一気に加速した。