トリオとしての人気が沸点に達する中、仕掛けられた次の一手がソロデビューだった。1980年6月、田原俊彦が「哀愁でいと」で鮮烈なデビューを飾る。抜群のスタイルと軽快なステップ、甘い歌声は瞬く間に全国の少女たちを虜にした。
半年後の1980年12月、満を持して登場した近藤真彦が放ったのが『スニーカーぶる〜す』だ。ワイルドなハスキーボイスと反抗的な眼差しは、日本の音楽市場に大打撃を与えた。デビューシングルでありながらオリコン史上初となる初登場1位を記録し、ミリオンセラーを達成。それまでの歌謡曲が持っていたおとなしい枠組みを打ち破り、疾走感あふれるロックビートを茶の間に定着させた。
一方、野村義男は音楽的探求心を深め、後に結成する「THE GOOD-BYE」へとつながる本格的なバンドサウンドを追求していく。3人が同じ歌をユニゾンで歌うのではなく、それぞれが異なる音楽性でチャートの頂点を競い合う構造が、熱狂のサイクルを何倍にも加速させた。