現在の姿を正しく理解するには、平成の金融危機以降に繰り広げられたメガバンク再編の経緯まとめを避けて通ることはできない。この巨大組織は、単一の銀行が自然成長したものではなく、異なる企業風土を持つ4つの名門銀行が段階的に合流して生まれた経緯を持つ。
歴史の発端は、三菱グループの中核であった旧三菱銀行と、外国為替専門銀行として世界に名を馳せた旧東京銀行が1996年に合体した「東京三菱銀行」に遡る。その後、2002年に旧三和銀行と旧東海銀行が統合して誕生した「UFJ銀行」が、不良債権問題の煽りを受ける形で2006年に東京三菱側と大統合を果たし、ここに「三菱東京UFJ銀行」というメガバンクが誕生した。
統合当初は、それぞれの母体行が築いてきた歴史や取引先への配慮から、すべての名称の痕跡を残す折衷案として長い行名が採択された。しかし、統合から10年以上が経過し、システム統合や組織風土の融和が完了したことで、かつての「母体行の力関係」というしがらみを清算できる土壌が整った。かつて東京銀行が築いた国際為替のノウハウ、三和銀行が強みを持っていた関西圏のリテール地盤、東海銀行の中京地区における圧倒的な法人基盤、そして三菱の強固な財務体質――これらが名実ともにひとつの器に溶け込み、現在に至っている。
そして現在、同行は大規模な店舗統合の経緯を経て、かつてのような「駅前の一等地に巨大な店舗を構える」スタイルから劇的な転換を図っている。近接する複数支店をひとつの建物内に同居させる「ブランチ・イン・ブランチ」方式の導入や、空中階(ビルの2階以上)への移転が全国で完了。さらに窓口営業時間についても、平日15時でシャッターが下りる従来の窓口業務を縮小し、事前予約制の個別相談ブース(個人向け資産運用や住宅ローン特化)へとリソースを再配分する試みが定着した。