最も関心が集まったのは、乗り組んでいた船員たちの生命の行方、すなわち乗組員の安否でした。長年海に出ていた熟練の乗組員たちであっても、瞬時に天地が逆転する転覆事故の前では、退船マニュアル通りの行動を取ることが極めて困難であったことが生存者の証言から明らかになっています。
生還した乗組員の手記や聴取内容によると、「ドンという激しい衝撃とともに船体が右舷側に45度以上傾き、復原することなく一気に海流が船内に流れ込んできた」と当時の恐怖が語られています。第八光勝丸の船長は、傾斜直前まで舵を保ち、乗組員に向けて救命胴衣の着用と脱出を指示していたとされ、極限状態での責任ある行動が浮き彫りとなりました。
しかし、激しい潮流と夜間の冷たい海水は捜索状況を著しく困難にしました。巡視船艇と地元漁船群が船団を組んで数日間にわたり懸命の海上捜索を継続したものの、行方不明となった乗組員の発見には多大な時間を要し、港で祈り続けた家族や同僚たちに深い爪痕を残す結果となりました。