彫り師を目指す者が真っ先に直面する疑問が、「国家資格や免許が存在するのか」という点です。結論から述べると、日本国内において彫り師の公的資格や国家免許は一切存在しません。誰でも名乗ったその日から彫り師を名乗ること自体は法的に禁止されていないのが実情です。
この現状を語る上で避けて通れないのが、2015年に大阪で発生した摘発事件に端を発する彫り師医師法違反最高裁判決です。当時、医師免許を持たずにタトゥー施術を行った彫り師が医師法第17条(無免許医行為の禁止)違反で略式起訴されましたが、被告側は「タトゥーは美術的表現であり、医療行為ではない」として正式裁判で徹底抗戦しました。一審の有罪判決を経て、大阪高裁で逆転無罪、そして2020年9月、最高第2小法廷が上告を棄却したことで無罪判決が確定しました。
最高裁は決定文において、タトゥー施術について「装飾的・象徴的な美術的意義がある行為であり、医師が行うような医療関連行為とは認められない」と明示しました。これにより、数十年にわたり彫り師コミュニティを覆っていた「いつ摘発されるかわからない」という法的リスクは法理上決着を見ました。
ただし、司法が「医行為ではない」と認めたことは、「何の責任も負わずに施術してよい」というフリーパスを意味しません。人の皮膚に針を刺し、血液や体液が滲出する施術である以上、交差感染や血液媒介病原体(BBP:B型肝炎、C型肝炎、HIVなど)の感染リスクが常に伴います。現在、一般社団法人日本タトゥーイスト協会(JTA)をはじめとする業界団体が策定したタトゥー衛生管理講習の受講や認定の取得が、健全なスタジオに所属・開業するための事実上の必須要件として機能しています。国家資格がないからこそ、衛生に対する自己規律と知識の裏付けがプロとしての生命線となります。