秋の庭園や自生地でフジバカマに群がるアサギマダラをじっくり観察すると、ある奇妙な事実に気付きます。集まっている個体の腹部先端を確認すると、そのほとんどが翅に黒い斑点(性標)を持つ「雄」ばかりであるという点です。単なるエネルギー源としての糖分補給であれば雌雄均等に集まるはずですが、彼らの目的は花の蜜だけではありません。
昆虫行動生理学の研究データによると、フジバカマなどのキク科ヒヨドリバナ属植物には「ピロリジジンアルカロイド(Pyrrolizidine alkaloids: PA)」と呼ばれる特定の植物毒が含まれています。哺乳類や鳥類にとっては強い肝毒性を持つ有毒化学物質ですが、アサギマダラの雄はこの毒をあえて体内に取り込む特殊な習性(薬理食性=ファーマコファジー)を持っています。
雄は取り込んだピロリジジンアルカロイドを体内で代謝・変換し、腹端にある「ヘアペンシル」と呼ばれる房状の器官から放出される集合・性フェロモン(ダナイドンなど)を合成します。このフェロモンを分泌できない雄は雌を惹きつけることができず、交尾を成功させることができません。さらに、摂取したアルカロイドを体内に蓄積することで、天敵である小鳥などからの捕食を防ぐ防御物質としても機能させています。つまり、アサギマダラの雄にとってフジバカマを訪れる行動は、自らの子孫を残すための絶対的な必須条件なのです。