学校教育の現場では美談として冒頭の一句ばかりが切り取られがちですが、本当に読むべきなのはその直後に続く言葉です。人の上に人を造らず続きに目を向けると、福沢諭吉の筆致は驚くほど鋭利でシビアな現実暴露へと舵を切ります。
『学問のすすめ』初編の原文では、伝聞の後に次のような強烈な対比が展開されます。ここを平易に紐解く学問のすすめ現代語訳および人の上に人を造らず全文解説を確認すると、福沢の冷徹なリアリズムがありありと伝わってきます。
「されども今、広くこの人間世界を見渡すに、賢き人あり、愚かなる人あり、貧しき人あり、貴人あり、下人ありて、その有様、雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや」
(現代語訳:けれども今、広くこの人間社会を見渡してみると、賢い人もいれば愚かな人もいる。貧しい人もいれば富豪もおり、高貴な身分の人もいれば下層の人もいる。その違いはまるで雲と泥ほどの甚だしい格差がある。これは一体どういうことなのだろうか)
福沢諭吉は、現実社会に存在する貧富の差や身分の優劣を「雲泥の差」と容赦なく喝破しました。そしてその理由について、「生まれつきの家柄や血筋によるものではない。ただ学ぶ者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ」と結論づけています。つまり、『学問のすすめ』の本質は平等主義の賛美ではなく、「勉強しなければ搾取される側に転落する」という身も蓋もない現実宣告だったのです。