公明党の歴史を振り返ると、創価学会の第3代会長であった池田大作氏が1964年11月に公明党を結党したことが原点にあります。当時、二大政党制だった自民党(保守・財界寄り)と社会党(革新・労働組合寄り)の狭間で、光が当たらなかった庶民層や中小企業者、生活困窮者の声を代弁する政党が必要だという強い危機感から結党宣言が行われました。
結党当初は「仏法民主主義」を掲げ、宗教組織と政党組織が極めて密接な関係にありました。大きな転機となったのが1970年の「政教分離宣言」です。
言論出版を巡る問題などを契機に、池田氏は創価学会と公明党の組織的・機能的完全分離を明言。公明党議員が学会の役職を兼務することを全面的に廃止し、党綱領からも宗教的教義の色彩を排除して、全有権者を対象とする「国民政党」へと脱皮を図りました。この歴史的分離措置が、現在の支持母体と政党という距離感の礎となっています。