栄華を極めたグループに大きな転機が訪れたのは1975年のことでした。世界的な知名度を獲得したにもかかわらず、兄弟たちの胸中にはレーベルに対する強い不満が鬱積していました。その最大の要因が、モータウンによる過剰なコントロールと低すぎる印税率です。
当時、モータウンが兄弟たちに支払っていたレコード印税はわずか2.7%程度にとどまり、楽曲の制作に関しても自作自演を一切認めず、外部作家が書いた曲を歌うことのみを強要していました。成長した兄弟たちがソングライティングの自由を求めると、社長のベリー・ゴーディはそれを頑なに拒絶。危機感を募らせた父ジョセフは水面下で他社との交渉を進め、破格の好条件(印税率約20%超と完全な創作の自由)を提示したCBS傘下のエピック・レコードへの移籍を決断します。
しかし、この移籍劇は大きな代償を伴いました。モータウン側は「ジャクソン5(Jackson 5)」という名称の商標権を所有していることを盾に取り、グループ名の使用差し止めと巨額の契約違反訴訟を起こします。これにより兄弟たちは親しみ慣れた名前を捨て、ジャクソンズ改名理由となる「ザ・ジャクソンズ(The Jacksons)」への変更を余儀なくされました。
さらに深刻だったのは家族の分裂です。創設者ベリー・ゴーディの娘ヘイゼルと結婚していた三男のジャーメインジャクソン脱退が起きたのです。妻の父親であるレーベル首領と実の家族との間で板挟みとなったジャーメインは、兄弟と袂を分かちモータウンへ残留することを選択。急遽、末弟のランディ・ジャクソンを正式メンバーに迎え入れることで、新生「ザ・ジャクソンズ」として再出発を切ることになりました。これが、公式なジャクソン5解散理由と分裂の全容です。