牡蠣の土手鍋の起源には諸説存在しますが、有力な説の一つは江戸時代末期から明治期にかけての瀬戸内海沿岸の舟運に遡ります。当時、広島から大阪へ生きた牡蠣を運んでいた「牡蠣船(かきぶね)」において、船上で牡蠣商人や船頭たちが手軽に栄養を摂るための賄い料理として考案されたと伝えられています。
名前の由来については、鍋の縁に味噌を土手のように高く盛り上げる形状から名付けられたとする説のほか、大阪で牡蠣を売り歩いていた広島の行商人「土手吉(どてきち)」が考案したという人物由来説も現地の郷土史資料に記録されています。
鍋肌に味噌を塗る最大の利点は、各自が好みの塩分濃度と味の濃淡を自在に調整できる点にあります。具材から出た水分量を見極めながら、徐々に味噌を溶かし込むことで、最後まで味が薄まることなく、常に最良の状態で牡蠣の濃厚なエキスを堪能できる先人の合理的な知恵が凝縮されています。