ジギタリスという植物が背負う影の歴史は、ギリシャ神話にとどまりません。中世ヨーロッパの民俗信仰や各地の呼び名にも、その特異なキャラクターが色濃く反映されています。学名である「Digitalis(ディギタリス)」は、ラテン語で「指(digitus)」や「手袋の指」を意味する言葉が語源です。花の形がちょうど大人の指をすっぽりと包み込むサックのように見えることから名付けられました。
日本においては、この形態学的特徴と西洋の民間伝承が融合し、ジギタリス和名キツネノテブクロ(狐の手袋)という情緒的な名前が与えられています。狡猾で人を化かすとされるキツネの手袋という命名自体が、どこか妖しくも美しいこの花の性質を見事に捉えています。
英名ではさらに空想的な伝承が語り継がれてきました。代表的な呼び名が「Foxglove(狐の手袋)」であり、妖精がキツネにこの花を与え、狩人に足音を気付かれないよう靴(手袋)として履かせたという民話が有名です。しかし、よりダークな側面を帯びた呼び名として民衆に恐れられたのがジギタリス魔女の指ぬき(Witches' Thimbles)や「死者の鐘(Dead Man's Bells)」でした。
中世の民間伝承において、魔女たちは毒草であるジギタリスを煎じて秘薬を作り、儀式や呪詛に用いていたと信じられていました。指にすっぽり収まる花の形を「魔女が洋服を縫う際に使う指ぬき」に見立てたこの呼称は、触れる者を死に至らしめる薬草への畏怖がそのまま形となったものといえます。