ホトトギスの句は、織田信長だけでなく豊臣秀吉(鳴かぬなら鳴かせてみせよう)、徳川家康(鳴かぬなら鳴くまで待とう)という三者の対比によって完成する。この古典的なトリオ比較は、近代以降の戦国史観を規定する強力なフレームワークとして機能してきた。
しかし、近年の史料再検証により、この単純化された性格付けの罠が指摘されている。秀吉の「鳴かせる」巧みな人心掌握も、裏を返せば執念深い権力闘争の産物であり、家康の「待つ」姿勢も単なる忍耐ではなく高度な日和見計算の帰結であった。三英傑を固定化されたステレオタイプから解き放つことで、当時の政治力学の生々しい実像が立体的に立ち現れてくる。